記憶の水底

6月16日(土)〜17日(日)

【16日(土)】

8時に起床。

夢に久々に幼馴染が出てきて、何故か仕事のミスを怒られた。記憶にある感じそのままの普通に怒っているトーンで詰め寄られた。なんだこれ。

 

前の晩にできなかった荷物準備をしながら、前々日に見られなかった「多田くんは恋をしない」を観る。いつにも増してテレサさんが可愛すぎてぶったまげた。

 

10時前に諸々の支度を整え、ZAQ「JOURNEY」を聴きながら出発。

一応、予定通りの新幹線に乗り込み、この週末は1泊2日、弾丸で実家へと帰省するのだった。

 

車内で日曜に控えた漢検の勉強をしているうち、13時前にふるさとへ到着。迎えに来てくれた両親と合流し、代車の赤い日産マーチ*1で帰宅。

帰宅すると祖母も迎えてくれ、仏壇で祖父とお犬様に挨拶をしたのち、先の帰路で買った弁当を皆で食べる。

程なくして父と母は買い物に出るとのことだったので、私は祖母と留守番役に回り、夕方まで、祖母と話をしたり漢検の勉強をしたりした。

 

夕方すぎ、二人が買い物から帰って来たタイミングで、今度は四人で外出。温泉と、食事に行ってきた。

温泉は、定番の極楽湯へ。久々に行ったからか時期が良かったからか、大浴槽が酒風呂になっていたり、露天風呂にある檜風呂が炭酸泉になっていたり、夏限定のクールシャンプーがあったりと、楽しい入浴体験をすることができた。

夕食は回転寿司へ。目星をつけていた店に悉く振られ、結局、家から車でも10分かからないくらいの店で夕食となった。少し高めではあったが、その値段に見合った美味しさと新鮮さで、私をふくめ皆、いつも以上に皿と箸が進んでしまっていたようだった。

 

21時頃帰宅し、あとは帰省時の常というか、普段通りだらんと過ごす。両親が観てるドラマの最終回を、観るとはなしに眺めたりしていた。

あとは勉強したり、土曜激アツアニメタイムを過ごしたり、

 

祖母の頼みで、先月荼毘に付されたお犬様の遺骨を見せてもらったりした。

 

骨をこの目で見るのはいかがなものなのだろう、という思いもなくはなかったが、実際見てみると、意外としっかりした足の骨、一度椎間板ヘルニアを患った時に悪くしたのであろう欠けた腰の骨、そして享年18だったとは思えないほど固く、大きく、しっかりとその原型を留めた頭骨――と、あいつが確かに生き、短くも長い人生の大半を元気に過ごしたのだということを改めて確認することができ、心から安心を得ることができた。

見たくない、という家族に無理強いすることはないが、それでも、いなくなってからも彼にまた違った形で会えたのは、良かった、と思ったりもした。

 

とかなんとか、そんなことをしつつ、で。

26時前頃、自室のベッドに入り込んで、寝た。

 

 

【17日(日)】

8時半に起床。

階下のリビングに降りると、母はもう仕事に出てしまっていたが、朝食の支度をしていた祖母から「早いね!」と驚かれる。日曜朝はね……ニチアサはね……早起きなんですよ……この歳になってもまだまだ……。

というわけでプリキュアを観てえみルーの初変身回にぶち上がり(初変身バンクで泣きかけた。というか軽く泣いた。実家でプリキュア観て泣いた)、たまらずノートpcを開いて実況にも興じたりした。

ビルド、ルパトは朝食を食べながら見て、その後、再び布団に潜り込む。これも日曜にはよくある光景。

1時間ほど意識を飛ばしてしまい、11時頃、再起床。

目を覚まして程なく、後輩のN氏から連絡が来たため、いつもの「貿易」を行う。いやほんと、毎回毎回わざわざうちまで来てくれて大量の物資を渡してくれるのが本当に有難い。持ちはこべねー! と窮することもたまにあるけど。あと今回はこちらからも結構輸出したけど。

 

あとは昼食を食べ(確かざる中華だった)、己の短期記憶力を信じて漢検勉強のラストスパートに入る。

そして14時半過ぎ、父の車で会場に行き……15時半から、漢字検定準1級を受験してきた。

正直なところ、受ける前は「ギリギリ8割*2いけるか、ギリギリ届かないか」という予想だった、のだが、

 

蓋を開けると、半分以上わからなかった。

 

それも、「見たことあるけど思い出せない!」とかではなく、完全に「はじめまして」の言葉ばかりだったのである。……テスト中に思わず引きつった笑い顔をしてしまい、そのうち頭が真っ白になって思考が極端に鈍くなるのは、いつ以来だっただろうか。

ともかく、空欄を埋められたのでやっとこ9割、しかもある程度の確信をもって書けたのは6割程度、という、文句なしの「惨敗」をして、私の4年ぶりの漢検受験は投了したのであった。

省みれば偏に勉強不足でしか無いのだが、それでも、かなり口惜しかった。ので、秋もスケジュールさえ合えば、泣きの一回で受験してみようと思う。次こそは。

 

父に迎えにきてもらい、17時前に帰宅。するとどうも、群馬の方でおおきめの地震があったらしいこと、そしてそれとは全く別だが、東北新幹線で停電が起きたため、上下線共に運休・大幅な遅延が起きているらしいことを聞かされる。

正直、停電や遅延程度ならそこまで珍しい話でもないし、日本の技術力ならばすぐに復旧するのだろう……と、話を聞いてすぐは余裕をこいていたのだが。

どうにも雲行きがあやしいぞ、と感じ始めたのは、母が仕事から帰って来て、少し早めの夕飯を皆で囲みながらNHKニュースを眺めていた時だった。トップニュースかその次には東北新幹線が取り沙汰され、以前多くが運休中、復旧のめどは経っていない、とテレビ越しに何度か警告される。薄っすら、これ最悪帰れないやつだなあ、と、思い始めたりした。

とはいえ、そこで全てを諦めるには微妙に決定打に欠けたため、とりあえず駅まで行こう、ということに。

家で祖母に見送られ、父母と新幹線駅へ。

駅に着くと、やはりというかなんというか、改札前が大量の人であふれていた。駅員に運行状況を聞く人の列、みどりの窓口に並んで翌日の線にチケットを変えてもらおうとする人たち。どこぞの取材クルー。

私は、運行状況を聞きつつ可能ならば今日中のどれかの線に振り返られないかという思いで、みどりの窓口の列に加わった。すると途中で、運行が徐々に再開して来ているという旨、そして数時間遅れではあるが自分の乗る新幹線は運行するという旨のアナウンスを聞く。これ不幸中の幸いということで、結局、そのまま改札前で2時間弱、更に両親と別れて改札に入ったのち、乗務員交代の都合でさらに1時間ちょっと待たされたのち、なんとか、帰路につくことができたのだった。

いや……本当になんとか帰れた。実は最後のあたりから滅茶苦茶不安になっていたし(予定が大幅に狂うのが嫌なので。へたれというわけじゃないぞ、じゃない、ぞ)、動かない新幹線で待っている間めっちゃいろんな人にlineしたりした。

結局、部屋に到着したのは日付が変わって25時のこと。

へとへとになりながらもシャワーだけ浴び、翌日に備えて、26時には布団に潜り込むのだった。

 

*1:この日は偶々、実家の車が点検に出されていた。

*2:合格ライン。高くない?