記憶の水底

8月13日(日)

ギリギリプリキュアの時間に起きれなかった。
午前中から午後まで、ほぼずっとmixを作っていた。意外と時間がかかってびっくりした。一日がっつり使って完成させるつもりでいたが、結局この日は半分も完成させられなかった。
夕方、CDを借りにTSUTAYAとGEOに行く。その後、父と母と祖母と犬様で、墓参りに行ってきた。お盆初日なので。
墓参りの後、友人宅に自分が行けなくなったライブのチケットを託しに行った。家事都合でも仕事でもなく辞める先輩の送別会で行けないというのは本当に悔しい。どうしても休ませてほしいと働きかけたのに、結局駄目だったのも不満が残る終わらせ方だった(逆に言えば、これで自分は努力したのに、と言い訳できるのである程度気持ちは落ち着いてしまっているのだが)。
閑話休題
夜はてんぷらとか煮しめを食べた。煮しめ、個人的には大好きなのでお盆のときのご飯はいつも以上に好き。独り暮らしの部屋に持って帰りたい。
まあそれは無理な話なので、食べられるうちにたらふく食べておいた。いっぱい食べた。

夜中、mixを聴き返して駄目だと感じた。
夜って自己肯定感が極端に下がるものなのだろうか。昼間はぼんやりつらい気持ちが夜になると本当に死にたくなるということも珍しい話ではないし、私(あるいは人)は夜と相性が悪いものなのかもしれない。
それなのに夜型人間なのは、ちょっとつらいな、と思った。

     *     *     *

1日進めただけでも褒めてほしい。眠い。

8月11日(金)~12日(土)

えーっとどこまで書いたっけ。

     *     *     *

【11日(金)】
15分後に起きると遺して6時間爆睡し、一度起きてからどうでもよくなりさらに3時間ほど寝た。
寝過ごした。
本当は徹夜でなのはを見て朝一の新幹線に乗り仙台でなのはの映画を観るはずが、起きて、荷造りをして、部屋を出たのは12時頃のことだった。
鮨詰めの新幹線に飛び乗り、立ったままで仙台へ到着。
突発的に友人と会い、突発的に昼飯を食べ、突発的に二人でゲーセンに入ってQMAをやって別れた。会うことを決めたの自体部屋を出た後のことだったが、こういった不意の展開でも旧友に会えるのは嬉しい。自分が故郷におらず、また友人も故郷にいない人間だとなおさら、こういう機会は貴いものだと思った。

旧友と別れた後は仙台の街を散策し、幾つかの店に入ったり、会社の先輩にばったりあったり、昔住んでいた町へ電車で行ってふらふら散歩してみたりした。移り住んだときはあんなに厭だった街がいつの間にかどうしようもなく愛おしくなっているのは、なんとも不思議な感覚に思えた。
不思議で、だからこそ少なからず寂しい感覚を抱いた。

仙台を満喫したのち、20時前の新幹線で新青森へ向かう。
どういうわけかかなり疲れていたらしく、新幹線の中で珍しく寝た。
寝ていたらいつの間にか八戸で、ほどなくして新青森へ到着。父と母の迎えで実家へ向かい、実家で夕食の残りをいただきながらのんびりした。
祖母は体調が悪いらしく、この日は一言挨拶くらいしか交わせなかった。

一週間ぶりの青森は、すっかり涼しくなっていた。


【12日(土)】
休みの日に限って朝しっかり目覚められる。不思議だ。
祖母は昨日に比べそこそこ元気になってはいたが、朝のうちに病院へ行っていた。
午前中、遂に夏曲縛りのmixを作り始める。曲自体は概ね決めていたので、BPMを図ったり繋ぎの確認をしたりした。
午後過ぎ、父と墓掃除をしてきた。以前はとりたてて好きでもなかったこういう行事が、今では割と嫌いではなくなってきている。大人になった、とかそういうのではなく、単に許容範囲が広がった……人生におけるストライクゾーンが広がった、くらいのものなのだろう。
夕方、母が夜勤にでかけたのを見送り、夜、父に送られて私も外出する。
で、高校時代の同級生だった女性と食事をしてきた。

彼女、何を隠そうかつての私の片恋慕の対象だった女性なわけで。そんな人と食事をしてきたなんて今でも驚きなことなのだが、まあ実際、楽しく食事をしてきたのだった。共通の友人の話とか、社会に出てからのこととか、少しだけ恋愛の話とか、創作のこととか…………いろいろ、話もしてきた。
いろいろ話をしてわかったことは幾つかあるが、ざっくり挙げると
①ふるさとで就職できたのは羨ましいなということと
②全盛期こそ激しく好意を抱いてはいないものの、依然彼女が憧れの相手であることに変わりは無かったということ
③執筆めっちゃしてえなということ
の3点を強く感じた数時間の逢瀬だった。
また(今度は他の友人も交えたりもしながら)会おうと言われたのは、仮令社交辞令だとしても嬉しかった。実際、また会えるとしたらそれは本当に嬉しいことなのだろうと思う。

会はそこそこ早く終わり、22時過ぎに帰宅。彼女のTwitterをフォローさせてもらった。
父と少し雑談をし、深夜アニメを2本見て、寝た。

楽しい一日ではあったが、同時に、かつての想い人と言葉を交わしているのが不思議で、かつ、寂しさや、あきらめのような何かを感じもした。
いつから私はこんな、人との関わりを素直に楽しめない人間になってしまったのだろうか。

     *     *     *

今日中に日曜分まで書くつもりだったが、流石にこれ以上の夜更かしは憚られる。
続きはまた明日。

8月8日(火)~10日(木)

盆の帰省中、少し精神を安定させるために日記執筆から離れていた。
日記執筆は不安定時の精神安定には有用だが、精神安定時には却って不安定さを増長させかねない、というジレンマを持っている(と、私は思ってる)ので。
しかしながらまあ、一週間も溜めると一気に面倒くささが段違いになる。
段違いになるが、頑張らない程度に思い出して書く。
まず、今日は先週の勤務日分から。

     *     *     *

【8日(火)】
会社でやったことは覚えていない。覚えていないので、そんなに大したことでは無かったのかもしれない。
退社後、FGOの水着イベント詳細が発表されていた。
その情報を確認し、ラジオを聴き、アニメを見、一日を終えた。

【9日(水)】
相変わらず会社でやったことを覚えていない。覚えていないのか思い出したくないのかはわからない。
退社後、FGOの水着イベントが始まっていた。
ガチャを回したり、身内連中とSkype通話をしたりして少しばかり楽しんだ。
週末までに完走しようと思っていた魔法少女リリカルなのはStrikerSの視聴は全然できなかったが、まあ、それでもいい。
NEW GAME!!を片手間に見つつ、寝た。

【10日(木)】
仕事では少し遠出をした。朝一から午後過ぎくらいまで。
夕方からやることがほとんどなくなり、どうにか暇を誤魔化しながら仕事をしていた記憶がある。

帰宅後、徹夜でなのはを見ようとするも、あまりの疲れに日付が変わったあたりで仮眠を取ろうとする。
が、のちに気付いたときはもう翌7時だった。
この次の日には帰省であったにも関わらず荷物すらまともに準備できていなかったので、11日にかなりバタバタすることになるが、
それはまた次回の日記で詳述することにする。

     *     *     *

簡易版で、最低限のことを書いた。
仕事のことを覚えていなさすぎてウケる。
こんなところでも社会への不適合性が露呈してしまったと捉えられるのだろうか。
まあいいや。心の調子が優れないので、布団に入る。

8月7日(月)

無限に苦しい気持ちを感じながら出社。
午前中はひたすら苦しかった。
お昼休憩、食欲がまったくわかず、しばらく彷徨ってから見つけた蕎麦屋で無理やり食を行った。お蕎麦は美味しかった。
午後、少し出かけた。車を運転し、上司とマンツーマンゆっくり話ができたので少しだけ気持ちが落ち着いた。
夜、先輩に食事に誘われたので、食事に行ってきた。
味はよく覚えていない。お酒が入ったので苦しい気持ちを膨らませてしまったし、また先輩からの会社の愚痴やこの先待ち構えてるであろうしんどい案件(仕事の内容ではないのが本当につらい。業務のつらさなら割り切れるのに、対人関係のつらさが控えているらしい)を聞き、それまでに一刻もはやく身体か精神が壊れないかなと考えていた。

帰宅してから、気持ちを無理やり奮い立たせるためにアニメを観た。
観ている時は本当に楽しかったが、反動でいま、本当に死にそうな気持ちに堕ちてしまった。
生きたくない。
死にたくない。

8月6日(日)

母が朝から仕事だったので7時半に起きて見送りをした。あとは微睡みながらニチアサを見た。
シエビブはいいぞ。

午前中は本を読んだりFGOをしたりしながら妹を起こしたりなどした。
妹は昼前にバイトのため外出をした。
私は父と祖母と昼飯にそうめんを食べた。何も考えずに食を達成できるので和麺は楽。
午後、私の希望で父に車を出してもらい、少しでかけた。街頭で飲み物をただでもらい嬉しかった。あとねぶた小屋を見てこれた。昨日あまり運行の様子を見れなかったので、よかった。

夕方、またしても眠気に襲われ、畳の上で死んだように寝た。約1時間半。
目が覚めるともう実家を離れる準備をしなければならず、くるしい気持ちをぼんやりと感じながら荷物をまとめ、風呂に入った。
(そういえば昨日分の日記で父と温泉に行ったことを遺し忘れていた。久々に行く温泉で懐かしかった)
そうこうしているうちに母が仕事から帰宅し、父・母・祖母・犬様と夕飯を食べ、19時頃、実家を離れた。
新幹線駅で父と母に見送られ、1944の新幹線で青森を離れる。
先週は苦しい気持ちがピークに達してしまい、新幹線の中で気を喪うことすらできずぼんやりしていたが、今回は無理やり本を読んで気を紛らせた。が、途中酔っ払いが絡んできたのでややつらくなった。

到着駅でタクシーに乗り、部屋へ。つらみを覚えながら、寝た。
日々悲しい気持ちと虚しい気持ちが心に浸っていく。

8月5日(土)

なんか筆が乗りそうなのでもう一日分だけ書く(もう一日分しか書かない)。

     *     *     *

人の気配がすると朝は自然に目が覚める。
前の晩はなんだかんだで寝たのが2時過ぎだったはずなのだが、8時ごろに目が覚めてしまった。

日中は録画していた競技クイズの番組を観たり、家族とだべったり、本を読んだりした。午後、母の買い物に付き合った。
18時頃から夕飯を食べ、甚兵衛姿に着替え、19時過ぎに父と母と家を出る。
バスに乗って中心部まで行き、今日はねぶた祭を観てきたのだった。
とはいえ、父と母とはほとんど一緒に行動できず、20時頃会社の同期と落ち合い、こちらの支部へと挨拶に行ってきた。
軽くお邪魔する程度だったが、思った以上に食事や飲み物があり、また向こうも大変に歓迎してくださったので、ついつい長居をしてしまった。
ねぶたが終わる頃、同期の事情に合わせて慌ただしく支部を後にしてしまったが……失礼に当たらなかっただろうか。今になって、それがかなり心配。
あと、同期が女性だったということもあり、男女の仲を疑われたのも結構に心配事項。こちらは悪い気はしなかったが、ああいうの、女性側は内心で厭わしく思っていたのではないだろうか……と。事実は何も無いとはいえ、各位に無神経なことをしてしまったと、反省。
あと、やっぱりお酒が入るとどんどん落ち込む。会社の方々はとてもよくしてくださったのに、こちらが上手く応じることができなかった。結果、ただ自分への失望とアルコールに対する忌避、嫌悪感だけがまた募ってしまうことになった。

帰りに家族と再合流し、家へと帰ったが……なんだか妙にぐったりとしてしまい、帰宅してからも家族に迷惑と心配をかけることになってしまった。
本当に自分が情けない。自分の生き方がただただ苦しい。
苦しすぎたので、この日はいつも楽しみにしている深夜アニメのゴールデンタイムを全く視聴せずにベッドへ這いずり込んだのだった。

…………そういやあんまりお祭り見なかったな。

8月3日(木)~4日(金)

【3日(木)】
"水曜夜僕「今週あと2日しかないのラクショー(^_^)v」

木曜僕「なんであと2日もあるんじゃアホ」"

なんかTwitterでこんなことを書いていたが本当にそうだと思う。
仕事は本当に可もなく不可もなくだったし、日を置くとたとい抽象的でも業務のことを思い出したくなくなるので結果ここに遺す話がほとんどなくなるのであった。
が、朝、珍しく上司とマンツーマンで面談をした。なんでも本部の人たちから私がだいぶ心配されているらしい。
上司もあの支社では比較的アウェーなので、何かあったら気兼ねなく相談してほしいとのことだった。
こういう人がいてくれるのは本当にありがたいが、やはり私はどうにも、自分の心配を他人に相談することができない。
どうにかしたいとは思うし、どうにかしなければならないとも思うが、どうすればいいのだろう……。
あと、今月末に申請していた有給休暇が弾かれた。そっちは普通に鬱案件だった。

帰宅後は久しぶりに「魔法少女リリカルなのはStrikerS」を観た。
「少し頭冷やそうか」の文脈に触れ、また一つ人生の伏線回収に成功してしまった。
その他にもアニメを結構見た。アニメを見て、寝た。


【4日(金)】
世間で噂の「小指湿布」なるものを試みて寝たのに、朝まったく疲れが取れていなくてビビった。
会社では、少し遠出をした。事務業務も幾つかたまってはいたが、なんとか定時内にほぼ終え、19時ごろ帰宅が叶った。
急いで家に帰り、スーツから私服に着替え、荷物を持って再外出。
大通りで行われていた祭りを急ぎ足で観つつ、新幹線へ飛び乗り。
終電一本前の新幹線で、2週連続の青森帰省をした。
3時間弱で青森へは到着し、在来線とタクシーを乗り継いで家へ。
今回は仕事や飲みやバイトで迎えてくれる人は少なかったものの、まったりのんびりと5日ぶりの実家で寛いだのだった。

     *     *     *

土曜日以降は明日また小分けにして書く。と思う。